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医師の自殺
カテゴリ: 医療全般
医師の自殺について過労による労災として認めるかどうか
最近裁判でもよく問われている。

医師に限らず 労災認定されるかどうかは
いつも労働時間が問題にされているようだけど
時間が本当に問題なんだろうか?

個人的には 時間は一つの因子であって
大事なのは 働く人がメンタルヘルスについて配慮が
なされていたかどうかだろうと思う。

なされていなければ すべて労災なんじゃないだろうか・・


個人的には 医師になってたった三ヶ月で
6年間同じクラブで過ごした友人を自殺で亡くした。

これは今も私の心の中で色々な影を落とし続けている。


自殺を防ぐべき医師が一番メンタルヘルスの管理が
されていないようにも思える。

こんな悲しい思いは なくさなければ・・・と思う。

数年前 そんなことも考えながら 書いた私の駄文を掲載する。



     八月

その日もうだるような暑い一日だった。
八月の強い日差しが照りつける昼下がり、私はただ立ちつくしていた。
ただそのとき何を考えていたのか今もって全く思い出せない。
ただ覚えていることは、蝉が狂ったように鳴き続け、
そして読経の声がむなしくそして静かに聞こえていたことだけだった。

季節が巡るたび、あるいはその日が来るたび必ず思い出す
ということがきっと誰にでもあると思う。
私にとってその八月がその季節だ。
悲しくてそして苦しい気持ちでいっぱいになってしまう。
しかし医師として初心に返ることのできる大事な大事な時間である。



「ぼんじ」これがかれの愛称だった。
なんでその名が付いたか聞いたこともあるような気がするが、思い出せない。
とにかく彼のことを呼ぶときに姓を使った記憶がない。
たぶん出会って一ヶ月くらいはいくら何でもきちんと名前で
呼んだとは思うのだが、その記憶もはっきりしないのだ。

医学部に入学後私と同級生となったぼんじは、同じサッカー部に
所属していた。
クラブでは同級生や先輩のみならず、後輩たちもいつの間にか
誰一人名前では呼ばなくなっていた。
ぼんじさんと親しみをこめて呼んでいた。

ぼんじは、若者としては珍しく佐賀弁しかしゃべれなかった。
彼の言葉をまねて仲間内の別れの挨拶は「そいぎ」または「そいぎね」
となった。
佐賀弁で「それでは」の意味である。
ふつうに言えば「じゃあね」というところだろう。
興奮すればするほど佐賀弁が強くなるのでからかわれたりもしたが、
そのまじめな性格は誰からも愛されていた。

ぼんじは身体は決して大きい方ではなかったが、
サッカーの試合では輝いていた。
彼が一旦ボールを持つと簡単には取られることはなかった。
一見体格的にはひ弱さも感じられる彼を見ると
相手の選手もなめてかかるようなのだが、
ところがそれは見事に裏切られるのが常であった。
それほど試合中の彼の強さは、見た目のひ弱さとの
ギャップが激しかった。そして試合中には
いつもの彼からは信じられないような激しい言葉もとんできた。

「なしておいにボールばまわさんとね」
(なんで俺にボール回さないんだ)ってな感じ
の言葉もよく聞いた覚えがある。

またぼんじはコーナーキックを蹴るのが大好きだった。
コーナーキックのチャンスがあるたび、
「おいに蹴らしてくれんね」
と、どんなに疲れていてもコーナーフラッグまで走って
蹴りにいくのだった。
そしてそれを実行できるタフなスタミナを持っていた。

そんなスタミナ抜群のぼんじが、医学部の大会を控えた合宿中に
倒れたことがことがあった。
よく調べてみると男性には珍しい鉄欠乏性貧血だとわかった。
かなり重症で原因不明だったので治療に時間がかかった。
結局そのことが彼が血液内科を志すきっかけとなった。

何事にも一生懸命なぼんじは当然のことながら、学生の本分である
学業においても当然まじめに取り組んでいた。
講義をずる休みすることなども当然なかったし、
私のように再試の山を築くことなど決してなかった。

そんなまじめなぼんじもアルコールが入ると全く別人に変身する
のがまた不思議だった。
ある瞬間突然スイッチが入ったごとく、突然興奮して奇声を
あげたり、暴れたりするようになるのだ。
そんな彼の酔った姿を思い出すにつけ、きっと彼も心の内に
苦しいものを抱えていながら、必死でそれと戦っていたのだろうか
と考えてしまうのだ。

そんなこんなしているうちにあっという間に六年が過ぎた。
私もぼんじも同時に卒業を迎えることができた。
もちろん彼は優秀な成績であり、私はそれなりでしかなかったが。
三月に卒業式を終え、四月に入ってすぐ国家試験があった。
国家試験の後はぼんじは地元出身でもあり、大学で研修すること
になっていた。
私は大分の病院で研修を始めるために国家試験を終えた後、
佐賀を離れ大分へ転居した。
その際私は彼に一つ頼み事をした。

国家試験の合格者が地元の佐賀新聞に掲載されるのだ。
私の名前がそこに載ったら新聞を買って一部送ってもらうことを
彼に頼んだのだった。
他にも佐賀に残る親しい友達もいたのだけれど、
彼に頼んだのはやはり彼のまじめさを信じていたからかもしれない。

そのあと5月に入って国家試験の発表があり、
そして私もぼんじも無事に合格して、医師免許を取得した。
ぼんじはきちんと約束を守り、私の名前が載った新聞を送ってくれた。
そして彼に礼状を一通したためたのだが、
結果的にはそれが彼との連絡を取り合った最後となった。

研修医生活というのは想像以上に過酷である。
学生から社会人の仲間入りしたこと、それに加えて
机上の学問から臨床という現場での実学への環境変化が
同時に来るわけで肉体的にも精神的にもハードなものがある。
卒業して医師免許を取得した誰もが、
こうした胃の痛くなるような生活に突入するのだ。

今振り返ってみても誰もが自分のことに精一杯で
隣の誰かに気を遣う余裕なんて全くない毎日だった。
彼もきっとそうだったに違いない。

そして八月。
研修開始後三ヶ月、少しこのハードな生活にも少し慣れ、
しかもお盆のため比較的仕事にも余裕があった日のことだった。
明日は自分の誕生日という日でもあったのだが、
病棟で仕事をしていた私のところへ佐賀から電話が入った。
こんな仕事中に全く何の用だかと思いながら電話を取ると、
同じサッカー部で過ごした同級生からの電話だった。
ただ事でない彼の口調に緊張した私の耳に届いたのは
彼の訃報だった。

そのとき私は何を思ったのか
「冗談みたいだな」
と言ってしまった。
本当は
「冗談だろって言ってくれ」
と言いたかったのに、なぜかそういう言い方をしてしまった。
あるいはぼんじならやっぱりやりかねないという思いも
どこかあったのかもしれない。

とにかくそこから先は何を話したのか何を考え、
そのあとどんな風に仕事をしていたのかも全く思い出せない。
そして気がついた時には大学にほど近い彼の実家の庭先に
私は立ちつくしていたのだ。

ぼんじは医師になってたった三ヶ月で自ら命を絶ってしまった。
誰よりもやさしくそしてまじめで
誰よりも患者さんのことを考えて一緒に悩んであげられる
はずの彼が、医師としての生活のみならず自分の命まで
自らの手で終止符を打ってしまったのだ。

 「自分は医師には向いていない」
と遺書には書かれていたと葬儀の時に聞かされた。
葬儀の日の前日は彼の2度目の給料日だった。
雀の涙ほどの給与しかもらえない大学の研修医であるが、
初めての給料日には彼のかわいい妹のためにプレゼントを
買ってあげたとも聞いた。

同級生をして
「自分や家族が病気になったら同級生なら誰に診てもらおうか
と考えるとぼんじしかいない」
とそう言わしめた彼が自らその命を絶った。
彼が医師に向いていないのなら誰が向いているというのだろうか。
彼が自殺したことよりもこのまま自分が医師を続ける資格があるのか
自問自答せざるを得なかった。
そして自分がいくら忙しく、また離れたところでの生活していた
にしてもぼんじになにかしてあげられることはなかったのかと思うと、
今思い返しても悔やんでも悔やみきれない気持ちになるのだ。
そしてその気持ちは卒業後職場も遠く離れてしまった私よりも
同じ大学にいた仲間にとってはもっと強いと思うのだ。

それからというもの、ことあるたびに私は自分自身に問いかけている。
友人さえも救えないやつに患者さんが果たして救えるのだろうか。
心や体が傷ついた人の心の闇を本当に知ることができ、
助けてあげられるのだろうか。
そしてその問いかけには決して答えなど返ってくるはずもなく、
考えれば考えるほど自信が持てなくなってくるのだ。

ふつう八月と言って浮かんでくるものと言えば、
夏休み、夏祭り、そしてヒロシマ、ナガサキ、終戦記念日。
あるいは夏の甲子園といったところだろうか。

私にとってこの八月はこの年からぼんじを思い出す季節となった。
夏の暑さが巡りくるたび、彼の実家の庭先の暑さと彼のことを
思い出す。
そして私は考えるのだ。
医師としてきちんと仕事をやっているか、
初心を忘れていないか、
ぼんじに恥ずかしくない仕事をしてきたのかと。

今ぼんじが生きていれば
どんなにすばらしい医者になっているのだろう。
考えれば考えるほどせつなく、そして答えも出ないまま
時間だけが過ぎていく。
そして今年の短い夏もまた去っていった。
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編集 / 2007.04.24 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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ワークライフバランスの
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規模は縮小したが、
畑も少しやっている

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