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意味不明な 最後の砦
カテゴリ: マスコミ
うちの医局には 中央公論と文藝春秋はあるけど、日経新聞はないので実物は読んでませんが、こんな記事があったとのこと。
ま 日経もそもそも夕刊のない地域ですが。

僻地の産科医さま いつも有り難うございます。

短い文章なので全文引用でもいいですが、つっこみどころだけに絞っておきます。
全文は僻地の産科医さまのところでどうぞ。


誰だって金とヒマと教養はほしいと思うんです。
すべてないよりあった方がよいものです。きっと。

こんな駄文を「エッセイ」と称して書いてお金をもらえる文学者の「ヒマ」は私は正直うらやましい。

昔はこんな文章を読んでも、これ間違ってるって面倒くさくて教えてあげられなかったし。今は細かいことをネットで訂正してくれるけど、ほとんどみんなボランティアですよね。


どうも氏は 教養を維持するためには金とヒマがない限りダメだと思っているようだ。
確かにある程度はそうだろうが、パトロンをするのならいざ知らず、医者の収入が減ったからとてそれが無教養になったとは言えまい。

ましてや待合室の雑誌は患者や家族のためのものであり、それがいわゆる低俗な物が増えたとて医者が無教養になったことの証拠に上げるとはなんと短絡的な思考であることか。

Wikipedia で見ると筆者は有名な古書マニアとのことである。

もし 氏の主張が医者が金とヒマがなくなっていわゆる古典や原典に直に当たるヒマがなくなって、その方面の知識が減っているということを言いたいのなら それはある程度事実かも知れない。

しかしながら 古典に関する知識減少が教養の低下を意味するというのはもう過去の話である。

情報量が圧倒的に増えた現代社会においては 古典や原典に直に一人で当たることは継続できない。質のよい2次資料にアンテナを張り、必要に応じて原典を調べる効率性が求められているのだ。

一方で 中央公論や文藝春秋すら読まないようなら無教養だという主張もあるのかもしれない。これらの雑誌も過去においては読んでいること自体が「教養」であり「知識人」としての証であったかもしれない。

ただ筆者がもしそう考えているとするならば、それは残念ながらもう化石に近い考え方である。これらの雑誌とてあくまでも情報源の一つでしかなく、現代の教養とはもっと多くの情報の中から真に時代を読む目を持って 情報の質を問いつつ得たものを知識と呼び、その蓄積を教養と呼ぶべきだろうと考える。

 すなわち 教養というピラミッドがあるとするとその底辺に中央公論や文藝春秋があるのではなく、現代のピラミッドはもっと横長であり、これらの古典的雑誌さえ並列に並ぶ石の一つにすぎないということだ。


氏の主張のなかで 医者の収入が減っていると言う指摘は正しい。
ヒマについては医師によりけりだが、心の余裕をなくしているかもしれない。


でもね 受験戦争で 高校時代勉強しすぎてって・・・ アホか?

筆者の出身大学は どこでしたっけ?
赤門があるとこじゃなかったですかね。
受験の難易度で言えば 私たちの多くと同じくらいじゃなかったですか?
氏は受験勉強しなかったんでしょうかね。

私が受験した頃よりも、受験枠は変わらず、子どもの人口は減っているし。

そもそも回り見回しても 受験勉強だけって人間 そんないないですけどね。

語らせたら医者以外で食っていける物持っている奴のほうが多いと思いますよ。


そもそもこんなの駄文よりは よい文章書ける現役医師ブロガーのほうが多いと思いますけど。

ま 私は例外で 批判する時だけ キータッチが冴えますけどね。


それから 不況になったら医療に流れるお金が本当に減ると思います?

最近は 簡単に生活保護に転落しますし、そうなったら医療費がかからないので医療を乱用する方もおられます。これらは税金で賄われていますし。一時的な受診抑制が病状悪化で受診につながってかえって医療費の増大さえあり得ます。あまり決めつけはよくないでしょう。

ただ税収が減ったところに生活保護など増えれば、財政上の問題は大きいと思いますけどね。


しかし・・・ 医療の最後の砦を期待されるのはしかたないけど 教養の最後の砦を期待されるとは思いませんでした。

本来の最後の砦は 象牙の塔にいる人じゃないのかな???

ま象牙の塔にいながらも 都合よく資本主義の奴隷と化して書きまくってる人でないことは確かだろうと思うけどね。


「日本経済新聞」夕刊(毎週火曜日号)
「プロムナード」2009/02/03

 最後の砦の陥落--鹿島 茂

 最近、おそらくはだれもきづくことはないだろう、ある事実を発見し、愕然とすると同時におおいに憂国の思いを深めている。
 なんのことかといえば、文化の最後の砦であるはずの医者が、諸般の事情から完全に無教養層に転落しつつあることだ。今の日本は文化的に危険水位に近づいている。
 (中略)
 いや、話は文学に限らない。美術でも音楽でも、古書の世界、趣味・道楽の世界でも、ようするに金儲けと関係ないことの多くは、代々、医業を家業とする者とその家族によって支えられてきたという厳然たる事実があるのだ。
 なぜなのか?単純な話、医者、とくに地方都市の開業医は、ある程度のインテリジェンスに加えて、金とヒマという財産があったからだ。この三つがそろっていれば、誰だって、道楽および文学・芸術に興味を持つはずなのである。
(中略)
 まず、ないのがヒマ。厚生労働省の悪しき医療システムいじりが幾重にも重なったおかげで、ヒマのある医者というのが日本から干上がってしまった。ヒマがなければ本は読めないし、音楽も聴けない。いわんや、展覧会などに足も運べない。
 では、インテリジェンスはあるのかといえば、これは、かなり前から憂うべき状態となっている。それを知りたければ、医院の待合室に置いてある雑誌を見るとよい。昔は『文芸春秋』・『中央公論』のような総合雑誌が置かれていたが、近年は「あったら奇跡」で、置かれているのは、モノの宣伝で埋め尽くされた金満家雑誌のみ。
 これは、「医者は儲かる」という神話のおかげで医学部の偏差値が上がりすぎた反動である。All work and no play makes Jack a dull boy.という諺どおり、医者は高校時代に勉強しすぎてダル・ボーイ(強いて訳さないでおく)になってしまったのだ。
 そして最後にカネ。統計が示すところでは「医者は金持ち」というのはすでに伝説にすぎなくなっているようだが、今回の恐慌で、その傾向は倍加する。会社を解雇され、企業健保から国民健保に切り替えになったが、その健康保険料が払えないために病気になっても医者にかからないというアメリカ的無保険貧困層の拡大は必定だからだ。医療は不景気に関係ないと思っていたのは昔の話.恐慌で無職・無保険が増えれば、医者に循環する金も減るのである。
 かくして、医者は三無的な存在に堕し、「文化の最後の砦」も陥落し、日本は非文化国家へと転落してゆく。
 悲観的予測だが、これはたぶん当たっている。残念ながら!
(フランス文学者)







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編集 / 2009.02.05 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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