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不合理だけど理解できつつあること(訂正あり)
カテゴリ: 書籍
予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
(2008/11/21)
ダン アリエリーDan Ariely

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 先日少し書いたが、この本の感想の続き。


 この本では アメリカの弁護士のモラルや士気の低下と言った面を紹介している。
 また同じような面が 医療職など他の専門職でも見られるとも述べている。

 プロがモラルやモチベーションを回復するために有効な手段として、市民がモーゼの十戒を思い出してみるがごとく、各専門職が自分が専門職に就いた時の誓いの言葉のようなものをそれぞれの仕事の前に唱えてみるのは少し有効かもしれないと紹介もしている。



 たとえば 医者で言えば ひとり診察のたびに 病院の理念を読み上げるみたいな意味合いだろう。

 だが、このやり方は永久的に有効でもあるまい。この手法だけで解決するなら、開店前に接客の理念を店員で連呼すれば、店での接客の問題がすべて解決するはずであろうとは誰も思うまい。が実行しているであろう。

 それでもなあ・・。

 専門職が自己努力で倫理観を取り戻したとて、そのサービスを間違った使い方をされると長くは続かないだろう。

 政治の世界で当てはめてみる。議員を使って就職活動をしたり、病院に圧力をかけて不必要な入院を強要するなど、選挙民が「自分さえよければ・・」という意識でいれば、議員が高い倫理観を維持できるはずもないのは容易に予想できるものだ。


 というわけでサービスを利用する側の「市民」の プロフェッショナル市民としての義務や倫理観も専門職以上に重要なのではないか・・この本を読んで考え直しているところである。




 その昔、一部の人間だけがすなわち「貴族的市民」だけが市民としての地位を享受していた。奴隷的な住民からの搾取であっても、税を納め、政治に参加していた。この一部の「市民」たちの権利が、多くの人に行き渡るまでには多くの血が流され、また苦難の歴史があった。

 苦労して得た権利は当事者は覚えているものである。ただその苦労は忘れ去られるのはいつの世も同じであろう。市民として義務とセットであった権利であるはずなのに、いつの間にやら権利だけが先行しているのかなあという気がする。

 私自身、政治的に権利と義務を行使しているか・・と言われれば、選挙にはいくけど やっぱり傍観者だったことも否めないと思う。 そうした自分のことは棚に上げてもである。

 「専門職」にだけ自助努力を求める「識者」とかメディアには このところずっと私はうんざりしているのだ。きっとこの気持ちは私だけではなく、また医療界には限らずに多くの専門職が感じているのではないかと思うのだ。




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