スポンサーサイト
カテゴリ: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
編集 / --.--.-- / コメント: - / トラックバック: - / PageTop↑
これは悪意があるでしょ
カテゴリ: マスコミ
北海道新聞 H21年3月13日 朝刊 生活面

とりごろう

なんで著者でさえ 「暴走」 としかしていないのに
わざわざこんなタイトルが必要か???

そもそもSNSの中から勝手に取り出して書いた曰く付きの本である。
著作権に関しても問題のある本をこうしてわざわざ生活面で取り上げて、しかもこんなタイトルをわざわざつけるとは・・


悪意を感じる。


抗議のために紙面を載せる。

さすがに 道新やめるかな。
医局で読めるしな。




   ブログランキングにご協力を
          ↓
      
 
スポンサーサイト
編集 / 2009.03.13 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
やっちまった?
カテゴリ: マスコミ
これって とても人ごととは思えないです。

不審な電話とても多いですし。

以前は マンションの勧誘が救外にかかってきて
「馬鹿野郎」ってさけんじまったし。



気をつけないとね・・・

昔 診察中に警察からの電話の問い合わせで往生したこともあったけどな。
しつこく病状を電話で聞いてくるんだよ。
電話じゃ 言えないって。

じゃ かけ直して教えてくれとか 訳わかんないこと言うし。




また 検査データが新たに判明したから って 電話したら

家族関係が複雑で 通院のことが電話を受けた家族が知らなくって
トラブルになりかけたこともあったし・・



とにかく 個人情報の取り扱いは 十分気をつけましょう。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090303-OYT1T00941.htm?from=main3

兄名乗るストーカー、病院関係者から住所聞き出し暴行

 愛知県豊橋市の同市民病院が先月、知り合いの男からストーカー被害を受けていた女性患者(31)の引っ越し先の住所を男に漏らし、翌日、女性患者が男から暴行を受けていたことがわかった。

 同病院などによると、愛知県田原市野田町市場、トラック運転手斎藤賢治被告(40)(暴行罪で起訴済み)は先月4日、同病院から事務を委託されている会社に勤める知人の女性社員(44)に、女性患者の兄と偽って「妹が家のお金を持ち出して家出したが、子どもの虐待が心配」などと言い、女性患者の引っ越し先を教えるよう依頼。同6日、聞き出した。

 女性社員は「(斎藤被告を)本当の兄と信じてしまった」と話しているという。

 斎藤被告は先月7日、女性患者の引っ越し先の名古屋市緑区で、女性患者の腕をつかんで車に押し込もうなどとしたとして県警緑署に暴行容疑で逮捕され、同27日、暴行罪で起訴された。
(2009年3月3日21時20分 読売新聞)




    ブログランキングにご協力を
          ↓
      
 
編集 / 2009.03.03 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
「最後の砦」再び
カテゴリ: マスコミ
前回のエントリ「意味不明な最後の砦」について個人的にご意見を頂きました。

このエントリでは鹿島茂氏が書いた「最後の砦の陥落」という文章について私が非常に批判的に(一部感情的な反応も強いかもしれません)取り上げましたが、頂いたご意見では「この記事は実は医師を弁護してくれているのでは?」とありました。

一つの主張なり意見に対して その受け止め方は人さまざまであり、決して正答があるものではないのは承知しているつもりです。ですがご意見を頂いて、自分の受け止め方が異常なのかもしれないと悩み、またひっかかるものが出てきました。

ということで 時間をおいて何回も読み直しました。
感情的な部分をできるだけ抑え、考えてみました。
改めてですが、感想を書いておこうと思います。

で 結論から言うと

この文章からは「医師を弁護している」ものは感じない。
そしてたとえそう言う気持ちで書かれていても 
私はうれしくない。




一つのやり方として試験問題風に解釈してみましょう。

 このエッセイの著者が言いたいことを簡潔にまとめよ。



私の答
教養の「本丸」いる私はこう言いたい。
本丸を支えた医者という「砦」はもう終了だね。



そしてもう一行書きたいのですが、これについては最終的に結論は出ませんでした。
それは

日本人の教養というものに対する純粋な危機感を覚える。


なのか

自分のいる教養という本丸への危機感を覚える



なのか。このどちらかが私には判断できませんでした。


中身についてもう少し検討しておきましょう。
この文章自体において医者に対して「砦」という比喩表現を使っています。このことは著者自身は本城ないし本丸にいるという意識で書かれていることを意味するのは明らかです。この立場は文章の中で一貫しています。今風の表現で言えば、いわゆる「上から目線」と言ってもよいでしょう。

この「上から目線」の書き方には非常に違和感を感じますし、そして扱った話題がさらに教養という話題であることもとても興味深さを感じます。

他人の教養とか知性、さらには品格と言った話題を取り上げることは実に難しいものです。取り上げること自体が、自分にはそう言ったものが十分備わっている主張することに近いものがあるからです。そして声高に「自分に教養なり、品格がある」と主張するならば、それが自身の教養や品格を否定しかねない危険な話題でもあります。

危険な話題を扱うリスクいついては著者自身も知っていることでしょう。おそらくはそれを理解した上でお書きなのでしょうが、何度読み返しても、終始一貫して「上から目線」で書きつづっている印象を持ちました。鹿島氏のこの絶対的な自信はどこから来るものなのでしょうか?


一方で医師の現在置かれた状況については、比較的冷静に事実を指摘していると考えます。

医師の経済状況ですが、社会における他の職種との比較で言えば相対的には明らかに減少しています。「ヒマ」については世の中の時間の流れ自体が変化していますので、なかなか比較は困難でしょうが、追い詰められて心理的余裕は減少傾向かもしれません。ですから単純な時間でなく「楽しむ余裕」と言い換えれば「ヒマ」も減少しているのも指摘通りかもしれません。

ただ この事実を指摘したからと言って医師の立場の擁護につながっているでしょうか?

私にはとてもそうは思えません。医師の立場の正しい変化の指摘をもってしてもそこに感じられるのは「医者よ、しっかりしろ」というエールでもなく、「医者を大事にしないと、社会が壊れるよ」という啓蒙でもなく、あるとすれば自身のいる「教養という本丸」の危機感のほうが、色濃くにじみ出ているとしか思えませんでした。

またさきのエントリでも述べましたが、待合室の書籍をもってして医師の教養を測る議論に持っていくのはやはり強引すぎるでしょう。

また受験勉強ばかりしているから dull boyになるとの表現はやはりいかがなものかと考えます。偏差値で言えば最高レベルの大学に入学してそして現在も大学でも文学者として教鞭を執る自分自身に唾していることになるでしょう。あるいは自分だけは違うとでも言うのでしょうか?


あまり触れたくはありませんが、教養についても少し触れておきます。いわゆる「教養」と言われるものの高いレベルでの維持にはおそらく、金、時間的余裕、知性はある程度は必要であることには同意します。しかしすべてが揃わなければ存在し、維持していけないものでしょうか?

医師がその三つを失い、それだけで三無的に崩壊するとの表現は、必ずしもすべてが揃わない中でも自身に日々磨きをかけている方々に対していかがなものでしょうか?

「医師は教養の砦であった。
医師はさきの三項目がを失ったので教養を維持できなくなった。」
これはいわゆる「レッテルを貼る」というやり方の典型に思えます。


よって 今一度 私の結論

著者の意見は
「教養の『「本丸』いる私はこう言いたい。
本丸を支えた医者という「砦」はもう終了だね。
そして教養そのものまたは教養の本丸も危機に瀕している。」

よって
この文章からは「医師を弁護している」ものは感じない。
そしてたとえそう言う気持ちで書かれていても 
私は全然うれしくない。




それから最後に 一言書いておきます。

私のような市井の一臨床医が医学以外の意見を少しでも発表できる時代が来るとは思いませんでした。そして私は、質はともかくもこうして幾ばくかの人の目に触れる文章を書いています。私だけでなく多くの人々のこうした些細なことの積み重ねは、世の中の文化にかかわる多くのことの変化の速度を早めているのだろうと私は考えるのです。

だから きっと 教養っていうやつも 大きく変化していてなかなか捕まえられていないのかもしれないと。







    ブログランキングにご協力を
          ↓
      
 
編集 / 2009.02.08 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
意味不明な 最後の砦
カテゴリ: マスコミ
うちの医局には 中央公論と文藝春秋はあるけど、日経新聞はないので実物は読んでませんが、こんな記事があったとのこと。
ま 日経もそもそも夕刊のない地域ですが。

僻地の産科医さま いつも有り難うございます。

短い文章なので全文引用でもいいですが、つっこみどころだけに絞っておきます。
全文は僻地の産科医さまのところでどうぞ。


誰だって金とヒマと教養はほしいと思うんです。
すべてないよりあった方がよいものです。きっと。

こんな駄文を「エッセイ」と称して書いてお金をもらえる文学者の「ヒマ」は私は正直うらやましい。

昔はこんな文章を読んでも、これ間違ってるって面倒くさくて教えてあげられなかったし。今は細かいことをネットで訂正してくれるけど、ほとんどみんなボランティアですよね。


どうも氏は 教養を維持するためには金とヒマがない限りダメだと思っているようだ。
確かにある程度はそうだろうが、パトロンをするのならいざ知らず、医者の収入が減ったからとてそれが無教養になったとは言えまい。

ましてや待合室の雑誌は患者や家族のためのものであり、それがいわゆる低俗な物が増えたとて医者が無教養になったことの証拠に上げるとはなんと短絡的な思考であることか。

Wikipedia で見ると筆者は有名な古書マニアとのことである。

もし 氏の主張が医者が金とヒマがなくなっていわゆる古典や原典に直に当たるヒマがなくなって、その方面の知識が減っているということを言いたいのなら それはある程度事実かも知れない。

しかしながら 古典に関する知識減少が教養の低下を意味するというのはもう過去の話である。

情報量が圧倒的に増えた現代社会においては 古典や原典に直に一人で当たることは継続できない。質のよい2次資料にアンテナを張り、必要に応じて原典を調べる効率性が求められているのだ。

一方で 中央公論や文藝春秋すら読まないようなら無教養だという主張もあるのかもしれない。これらの雑誌も過去においては読んでいること自体が「教養」であり「知識人」としての証であったかもしれない。

ただ筆者がもしそう考えているとするならば、それは残念ながらもう化石に近い考え方である。これらの雑誌とてあくまでも情報源の一つでしかなく、現代の教養とはもっと多くの情報の中から真に時代を読む目を持って 情報の質を問いつつ得たものを知識と呼び、その蓄積を教養と呼ぶべきだろうと考える。

 すなわち 教養というピラミッドがあるとするとその底辺に中央公論や文藝春秋があるのではなく、現代のピラミッドはもっと横長であり、これらの古典的雑誌さえ並列に並ぶ石の一つにすぎないということだ。


氏の主張のなかで 医者の収入が減っていると言う指摘は正しい。
ヒマについては医師によりけりだが、心の余裕をなくしているかもしれない。


でもね 受験戦争で 高校時代勉強しすぎてって・・・ アホか?

筆者の出身大学は どこでしたっけ?
赤門があるとこじゃなかったですかね。
受験の難易度で言えば 私たちの多くと同じくらいじゃなかったですか?
氏は受験勉強しなかったんでしょうかね。

私が受験した頃よりも、受験枠は変わらず、子どもの人口は減っているし。

そもそも回り見回しても 受験勉強だけって人間 そんないないですけどね。

語らせたら医者以外で食っていける物持っている奴のほうが多いと思いますよ。


そもそもこんなの駄文よりは よい文章書ける現役医師ブロガーのほうが多いと思いますけど。

ま 私は例外で 批判する時だけ キータッチが冴えますけどね。


それから 不況になったら医療に流れるお金が本当に減ると思います?

最近は 簡単に生活保護に転落しますし、そうなったら医療費がかからないので医療を乱用する方もおられます。これらは税金で賄われていますし。一時的な受診抑制が病状悪化で受診につながってかえって医療費の増大さえあり得ます。あまり決めつけはよくないでしょう。

ただ税収が減ったところに生活保護など増えれば、財政上の問題は大きいと思いますけどね。


しかし・・・ 医療の最後の砦を期待されるのはしかたないけど 教養の最後の砦を期待されるとは思いませんでした。

本来の最後の砦は 象牙の塔にいる人じゃないのかな???

ま象牙の塔にいながらも 都合よく資本主義の奴隷と化して書きまくってる人でないことは確かだろうと思うけどね。


「日本経済新聞」夕刊(毎週火曜日号)
「プロムナード」2009/02/03

 最後の砦の陥落--鹿島 茂

 最近、おそらくはだれもきづくことはないだろう、ある事実を発見し、愕然とすると同時におおいに憂国の思いを深めている。
 なんのことかといえば、文化の最後の砦であるはずの医者が、諸般の事情から完全に無教養層に転落しつつあることだ。今の日本は文化的に危険水位に近づいている。
 (中略)
 いや、話は文学に限らない。美術でも音楽でも、古書の世界、趣味・道楽の世界でも、ようするに金儲けと関係ないことの多くは、代々、医業を家業とする者とその家族によって支えられてきたという厳然たる事実があるのだ。
 なぜなのか?単純な話、医者、とくに地方都市の開業医は、ある程度のインテリジェンスに加えて、金とヒマという財産があったからだ。この三つがそろっていれば、誰だって、道楽および文学・芸術に興味を持つはずなのである。
(中略)
 まず、ないのがヒマ。厚生労働省の悪しき医療システムいじりが幾重にも重なったおかげで、ヒマのある医者というのが日本から干上がってしまった。ヒマがなければ本は読めないし、音楽も聴けない。いわんや、展覧会などに足も運べない。
 では、インテリジェンスはあるのかといえば、これは、かなり前から憂うべき状態となっている。それを知りたければ、医院の待合室に置いてある雑誌を見るとよい。昔は『文芸春秋』・『中央公論』のような総合雑誌が置かれていたが、近年は「あったら奇跡」で、置かれているのは、モノの宣伝で埋め尽くされた金満家雑誌のみ。
 これは、「医者は儲かる」という神話のおかげで医学部の偏差値が上がりすぎた反動である。All work and no play makes Jack a dull boy.という諺どおり、医者は高校時代に勉強しすぎてダル・ボーイ(強いて訳さないでおく)になってしまったのだ。
 そして最後にカネ。統計が示すところでは「医者は金持ち」というのはすでに伝説にすぎなくなっているようだが、今回の恐慌で、その傾向は倍加する。会社を解雇され、企業健保から国民健保に切り替えになったが、その健康保険料が払えないために病気になっても医者にかからないというアメリカ的無保険貧困層の拡大は必定だからだ。医療は不景気に関係ないと思っていたのは昔の話.恐慌で無職・無保険が増えれば、医者に循環する金も減るのである。
 かくして、医者は三無的な存在に堕し、「文化の最後の砦」も陥落し、日本は非文化国家へと転落してゆく。
 悲観的予測だが、これはたぶん当たっている。残念ながら!
(フランス文学者)







    ブログランキングにご協力を
          ↓
      
 
編集 / 2009.02.05 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
プライムH
カテゴリ: マスコミ
1月30日 NHKの道内向け番組 プライムHで「北海道の救急医療」についての番組があった。

予想に違わぬひどい番組でした。

最終的な搬送先に1時間以上かかることがさも最近増えたの如く、そしてそれが「医師不足によって引き起こされた」の如く、まるっきりピントずれ。

番組の進行役は 中身のないのを隠すか如く語気を強めて語るばかり。


アンケートをもとにと言いますが、各医療機関へのアンケートは番組の概要について宣伝し始めた時にはまだ回収されていなかったのです。

救急搬送のデータにしても昨年末に道庁がまとめたデータだけ。以前のデータと比較するなり救急の質の変化は提示なし。

道庁のデータが出て 「救急患者の最終搬送先まで時間がかかるのは 医師不足のせいにちがいない」との先入観で番組作りを始めたもののデータが上手く集まらず、軌道修正できないままの番組となったのだろう。

年末のNスペと言い、ちょっと目に余る番組が目立つ。


救急ヘリは 必要ですよ。もちろん。

でも ホント言えば 2機じゃ足りない。
北海道新幹線に500億とか使えるなら ヘリ5機50年使えるし。

わかってるとは思うけど 夜は飛べないし、悪天候もダメよ。
それから ヘリは狭いし、うるさいし、中ではたいしたことはできません。
動くERなんて とてもとても。
私が搬送でヘリに乗ったのは1回だけだけどさ。

ヘリで全部は解決しないから。

あとね 無理して飛べばヘリは墜ちるからね。
患者搬送関係で 過去にも沖縄と最近では徳之島で墜ちましたよね。
どうかお忘れなく。

アイスバーンで路肩に墜ちた救急車も数知れずですけど。


医療と同じで救急搬送もリスクがあるのですよ。


    ブログランキングにご協力を
          ↓
      
 
編集 / 2009.02.01 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
Powered by 名言集および格言集
プロフィール

くらいふたーん

Author:くらいふたーん
本業はプライマリケア

ワークライフバランスの
確立が現在の最大の
関心事

夢は
半農半医 ちょっとサッカー

味噌は自家製。
規模は縮小したが、
畑も少しやっている

芝のミニサッカーコート
作っちゃいました

ブログ内検索
FC2カウンター
リンク
このブログをリンクに追加する
FC2ブログランキング
ブログランキングに参加中

FC2ブログランキング

お気に召せばポチっとご協力を
なかのひと
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。